えびのプロフィール

こんにちは。初めまして。えびです。

たくさんのブログの中から私のページを見つけていただきありがとうございます。

これから私のプロフィールをお話ししていこうかと思います。

この記事は少し長いです。

読むのに5分ほどかかり、もしかしたら眠くなってしまうかもしれません。

しかし、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

昭和最後に生まれた女

今回は私の事を少しお話ししていこうと思います。

私は生まれも育ちも東京の昭和ギリギリ生まれです。

私達の早生まれから平成になる。そんな年に生まれました。

一応私も昭和を生きてるから令和になった今、3つの時代を生きてるんだぜ!

まぁ、そんなことはどうでもいいんですよね。

普通の家庭の長女として生まれました。

その後兄弟も生まれ、4人兄弟になりました。

兄弟が多い事で私が日常的に植え付けられていった事。

「一番上だから我慢する」

でした。

勉強が大嫌い。自分の好きなことだけしたい。

子供のころから勉強が大嫌いでした。

まともに勉強してこなかったので、漢字の読み書きが苦手。そして数学やら難しいことは全くダメのただのバカでした。

高校だってギリギリでの卒業でした。

勉強は大嫌いでしたが、その反動なのか好きな事には没頭できる人でした。

小学生半ばくらいから高校卒業まで吹奏楽(クラリネット)に没頭しました。(そんなに上手くはないですが)
高校の時の演奏写真 高校の時の部活写真

中学の時からは学校の部活だけでは満足できず、市の吹奏楽団に所属し大人に混じって演奏活動をしていたりもしました。

社会人になってからも様々な吹奏楽団やオーケストラでも演奏していました。

演奏の写真 My クラリネット

高校の時にはアルバイトを初め、お金を稼ぐ楽しさに目覚めます。

某コンビニで時給720円。今考えると信じられないくらいの安い時給でしたが、楽しく働いていました。

バイトが楽しすぎて週8回(1日に2回出勤する事があったという事です)というシフトをこなしていました。

今考え得ると本当にすごいです(笑

自分が働いた分、お給料がもらえる!しかもそれで好きなものが買える!

快感でした。

バイトと部活ばっかりやっていたので高校の授業もほとんど出ず、ギリギリ卒業だったわけです。(授業受けていなくても部活だけは行っていたので顧問の先生に呆れられていました。)

あと、好きだったものはゲーム。私は小さい頃からゲームが大好きでした。

一番最初のゲームは初代ゲームボーイの星のカービィでした。懐かしい。

中学生になってからはかなりの時間をゲームに費やしていた。

あまり長くゲームをやると親に怒れてしまうことあったため、少しでもゲームを長くプレイするために休みの日に朝4時に起きて午前中の全てをゲーム時間に費やす。ということをしていました。

普段は絶対早起きとかできないのに、ゲームになるとスッキリ起きられたんですよね。

夏休みはほぼ毎日そんな感じで過ごしていました。その時プレイしていたのがファイナルファンタジー10でした。

ストーリーを進めながらめちゃくちゃ泣いた作品です。時には早朝から顔がボロッボロになるくらい泣いて起きてきた家族をびっくりさせてこともありました(笑

こんな感じでゲームをやってたら新学期始まった時に視力がめちゃくちゃ落ちていて(家族は誰も目が悪くないのに)メガネを作る事になったのも今ではいい思い出です(笑

こんな感じで、好きな事ではないとパワーを発揮できない人でした。

人生で初めての大きな挫折、絶望

勉強が大嫌いな私はもちろん高校卒業後は進学せず、就職をしました。

当時、洋服が大好きでした。その中でもメンズ服のデザインなどがとても好きだった為、メンズ服のまだ駆け出しのカジュアルブランドの会社に就職しました。

「お客さんに喜んで買ってもらって笑顔になってもらったら最高じゃないか!」

と、当時はワクワクしていた事を覚えています。

最初仕事は楽しいものでした。

お客さんと対話しながら笑顔になっていただき、喜んで商品を買っていただける。

最高でした。常連のお客さんもできました。すごく幸せでした。

しかし、現実はそこまで甘くなく私のワクワクはすぐに粉々に砕けてしまうのでした。

1週間に1度本社から送られてくる「個人売り上げ金額ランキング」

そんなに悪い方ではありませんでしたが、店長の理想じゃなかったようで売り上げを上げるよう言われ、店長の言うとおりに売り上げを追いかける日々を送りました。

お客さんが求めていなくても高いものを勧めてみたりして売り上げを伸ばすことができました。

が、そんなことをしていると全く楽しくないと感じました。それだけではなく常連のお客さんが離れていってしまったのです。

 

ブラック企業の奴隷店長になった

入社して1年経った頃、店長を任されるようになった。

売り上げが伸び悩む時もあった。

その時にバイヤーや部長などに商品の提案などを行っても全く受け入れてもらえず
その街や店舗の様子も見ずにただ

「売れ!売り上げを伸ばせ!」

と言うだけだった。

それに加えて1日12時間労働が当たり前、休みは1週間に1度、いわゆるブラック企業というやつになるのかな。

そんなある日私の中で何かが弾けた。

 

「なんだこれは。もう嫌だぞ。」

 

なんとも言えない虚しさと絶望が私を襲いました。

もうワクワクなんかできない。楽しくも何ともない。働いている意味がない。

入社して2年足らずで私は退職しました。

 

天職だと思う仕事に出会う

その後はしばらくニートとまではいきませんが、ほぼ働かずダラダラをしていました。

突発的にお金が必要な時はキャバクラで体入荒らしをしていたこともありました。

体入とは体験入店のことでその名の通り体験入店をしてお金がいただくものです。3〜4時間とかで10000円くらい貰えたりします。

すごく楽なんですが、もちろんお店側からはすごく嫌がられ、同じ地域で繰り返していると周りのお店にもバレてしまい入店させてもらえなくなる事があります。

少し話がそれました。まぁ、こんな感じのその日暮らし的な働き方をしていたのですが、実家暮らしだったので親のすねかじり状態で何とかなってました。

しかし、そんなダラダラな状態を見て父親が私に優しくこんな事を言ってきました。

「介護の仕事、してみないか?俺の働いてる近くの施設が募集してたぞ。俺、お前にこの仕事合ってると思うんだ。」

介護?いやいや!絶対無理だし!!!私に合ってるだと?絶対私はそう思わん!

と、父親の言って事を全否定しました。

そんな否定する私に父は怒らず

「とりあえずやってみて合わないと思ったら辞めればいいよ。少しでいいから挑戦してみないか?」

普段はすごく厳しい父親なのですが、この時は何が起こったんだろう?!ってくらいの今までにないっくらいの優しい父親でした。

その言葉に背中を押され、私は介護の世界に飛び込んでいったのです。

実は父の言葉が後々の運命の出会いに繋がるイベントだった。

正直、介護って聞くと汚くて過酷なイメージがありました。

でも不思議な事に人の下の世話とか全然苦じゃなかったんですよね。入職した時から。

そして、元々人と接することが大好きだった私は私が笑顔で接することで元気になっていく人たちの姿を見るのが嬉しく嬉しくて仕方ありませんでした。

もっとこの仕事を極めてくなって勉強もたくさんした。

勉強嫌いな私が初めて自分から進んで勉強をした。自分でも信じられない驚きだったんですよ。

最終的に国家資格である『介護福祉士』も取得した。

天職だったようだ。

父親って本当にすごいな。

私以上に私の事をわかっていた。私を見ていないようで見ていたんだ。

ありがたいな。感謝だな。

順風満帆で介護施設で働いている時に1人の男性と出会う。

施設の厨房の調理員の16歳年上の人。

働く部署は違えど、一緒に働く機会はあった為色々話したりした。

年齢は離れていたけれど馬があった。

優しくて自分がしっかりあって芯がしっかりしてて頼れるそんな人。

私は惹かれていき、自然とお付き合いをするようになっていた。

やがて結婚をすることになった。

年齢差や彼がバツイチ子持ちだったこともあり、父親からは大反対をされたのだが、何とか許しをもらい無事結婚することができた。

結婚生活は幸せでした。

結婚式の写真

何故か子供はできなかったけれど、それでも彼と2人過ごせる時間は幸せでした。

2人で働いて2人の給料合わせて月40万ほど。そんなに贅沢はせず、年に2回ほど国内旅行に行くのを楽しみにしたりとそんな平穏な生活を送っていました。

 

しかし出会って10年、結婚して6年たった頃に私自身に変化が訪れたのだ。

出会った頃は20歳でまだまだ子供だった私も30代になり少し大人になった時に改めて彼を見た時に少し彼の考え方や行動に少し窮屈感を感じ始めた。

それと幸せだと思っていた平穏な生活は私にとっては変化のない退屈なものとなっていってしまったのだ。

更に同時に私は気づいてしまった事があったのだ。

私は常に彼の顔色を伺いながら生活していた事に。

  • こうしないと怒るかな。
  • これやっておかないといけないな。
  • あ、機嫌悪くなってる。私のせいかな。

日々こんな事を気にしながら生活していた事に気付いてしまったのだ。

それに気付いてしまった途端苦しくなって、彼と一緒にいる事がとても辛くなってしまった。

一緒にいる事があんなに楽しかったはずなのに、何故かな、それに気付いてからは辛さしか無くなってしまった。

私はその後ずっと悩んだ。

一緒にいるのは辛い。でも離れることは私のわがままな気がする。そして彼を傷つけてしまう気がする。と。

でも最終的に自分に嘘をつく事ができず、彼に別れを告げ、6年の結婚生活にピリオドを打ちました。

これからは自分に正直に生きよう。と誓って。

新たなスタート、そして巡り合う

離婚したからは実家に帰りそこで生活する事になった。

何気なーく仕事をして何気なーい毎日を過ごす。

ちょうどコロナが流行り出していたため大好きな友人と会うこともできず、大好きな音楽活動もできず、

「つまらないな」

と思いながら毎日過ごしていた。

「退屈すぎて何か変化をつけたい。仕事も嫌になってきたし楽に稼げる方法がないかな。」

その時、ネットでたまたま村本さんのブログを見つけ、メルマガの登録をしていました。

メールで相談もさせてもらったりし、その時にTwitterのアカウントもお伝えしていました。

ちょうどその時期、不満やいろんな愚痴などをTwitterで言う事が多くなっていました。

それをみた村本さんが

「Twitterとかに不平不満愚痴泣き言を書くのはやめた方がいいよ」

そうおっしゃったのです。

「不平不満愚痴泣き言は地獄言葉なんだ。そんな事ばかり言ってる人の近くには行きたくないでしょwそしてそんな事ばかり言ってるとそう言う物事やそう言う人を引き寄せてしまうよ。」

「天国言葉を言うんだ。常に感謝する。これで人生良くなるよ。日本一の商人が言ってたから間違いない^^」

これを聞いて私は最初は信じられなかった。

それを言ってるだけで人生良くなる?そんな簡単な話あるわけないじゃないか。てか、日本一の商人って誰?(この時は斎藤一人さんの事を全く存じ上げておりませんでした)と。

半信半疑の状態ではあったが、実行してみた。

常にありがとう。嬉しいな。楽しいな。幸せだな。

それらを発していると目の前に見えるものがガラッと変わったのを実感した。

運気が上がってきた事を実感。

これは本当だった!!!すごい!!!!

思わず笑いがこみ上げてしまうくらいだった。

村本さんの話をもっと聞きたい。

そう思い、本格的に村本さんのコーチングを受ける事を決意した。

自分を見つめ直す

村本さんのコーチングを受けているうちに自分を見つめ直す事が多くなりました。

一番は仕事でした。

前の項目に書いたように私は介護の仕事を天職と思っており、楽しく働いていました。

が、同時に疑問を持つことも増えてきていました。

「これは私の本当にやりたいことなのだろうか」

1日8時間で週休2日、給料20万くらい。ボーナスもあって残業すれば残業代も出る。

良い環境ではあった。

そしてこの仕事に対してかなりの自信があった。実際新しい施設に転職しても即戦力になり、仕事を任される程だ。

でも仕事は辛い時があったり不平不満を言ったり嫌なことも多くあった。

「天職」ではあったみたいだけど「好き」「一生やりたい仕事」ではなかったと言う事に村本さんのコーチングで気づく事ができたのです。

と同時に私は変な固定概念に囚われていて「私にはこれしかできないからこの道しかない」と決めつけてしまっていた事にも気づいたのだ。

それに気付いてからは早かった。

翌月に辞めるよう辞表を出してきた。

自分は本当は何がしたいのか。何が好きなのか。

これをきっかけに自分を見つめ直す事に決めたのです。

「行動力の神様」これは村本さんに言われた言葉です。

なんでこう言われたのか、お話ししていきたいと思います。

自分を見つめ直すと同時に、村本さんに直接コーチングを受けてみたい!と思うようになりました。

そして仕事を辞めた次の週に1週間、村本さんのいらっしゃる熊本へ行く事にしました。

今まで電話やメッセージのみでのやり取りでしたが、直接お話しする事で今後自分がどうするべきか明確にわかったような気がしました。

そして私は決意しました。

私はこれからも村本さんのコーチングを受け続けよう。絶対成功したい。人生楽しく過ごしたい。村本さんをメンターに生きていこう。と。

そして私は熊本に移住する事に決めました。

1週間の滞在中に住む部屋も探して決め、引越し日まで決めてきてしまいました。

そして一度東京に戻ってから3週間後、引越しが完了し、私は無事に熊本県民になりました。

これを見た村本さんが私に「行動力の神様だ」笑っておっしゃったのです(笑

正直なところ、自分の人生を振り返えると、「行動の神様」という言葉は確かに私にすごく合っているなと思いました。そういえば、昔からごちゃごちゃ考える事が苦手なので行動してから考えて生きてきたんですよね!自分では気が付かなかったけど、客観的に言われて初めて気がついた事でした(笑

自分の好きな事をして生きていく

熊本に移住して私はいろんな事に挑戦して自分は何が好きで何がしたいのか、と言う事を改めて見つめ直しました。

でも兎にも角にもまず仕事をしてお金を稼がなきゃ!!という気持ちが強くなっていました。

楽しいと思う仕事を見つけ、週5の8時間働き、お金稼ぎに必死になりました。

仕事が楽しかったのは事実です。でもその働き方(週5の8時間)は私にはもう無理だ。なってしまった。そして、社員の人から嫌味を言われたりとチクチク言われたりと人間関係にも悩んでしまい長くは続きませんでした。

続けられなかった事がショックでしばらく落ち込み寝込んでしまいました。

それを村本さんに報告すると

「少し突っ走ってしまったね。自分を責めることはないんだよ。自分の心の声を聞いて動いてごらん。その人はね。別に悪気はなくて、君にね。ここは『君の居場所じゃないんだよ』って、ただ教えてくれてただけの天使さんだったんだよ。」

私はどうしたいのか…ここで改めて自分と向き合う事になりました。

  • 私は8時間も働きたくない。働くなら1日5~6時間くらいがいい。
  • それで最低限生活できる収入があればそれでいい。
  • それ以外は好きなゲームをして過ごしていきたい。
  • 新たにゲーム実況に挑戦してみたい!!
  • これが私の心の声でした。

「自分に正直に。自分の好きな事をして生きていく。」

もう私に迷いなどはありませんでした。

現在のえびの生活

現在、週5で6時間、居酒屋で働いています。

給料は月10万ちょっと。

家賃やら光熱費やら食費やらで月に8万ちょっとしかかかっていないので普通に生活できるお給料です。

人と接する事が好きなことは変わらないのでお客さんとのコミュニケーションも楽しみながら働いています。

職場もとても素敵なところです!

残りの時間は大好きなゲームをやり、ゲーム実況もしています。

ゲームはいろんなものを楽しんでいます。オンラインゲームでは素敵な仲間もいます。

ゲーム実況ではチャンネル登録者も徐々に増えていき、楽しみながら配信しています。

時々コメントがつく事があり、それが励みとなり感謝しながらゲーム実況をしています^^

今、私は本当に楽しくて毎日が幸せです^^

私はこれからゲーム実況を通して大好きなゲームの楽しさや素晴らしさを伝えていく事ができたらいいなと思っています。

もちろん、現在も村本さんのコーチングを受け続けています。

自分の人生を変えるきっかけをくださった村本さんには本当に感謝です!

ここまで読んでくださりありがとうございます。感謝しています。